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1
『ボクシングファンの教科書』 
竢o版社 ¥1,000(税抜)

容姿にコンプレックがある人が、自分よりも綺麗な人を見て悲観することはない。
何故なら、軽量級のボクサーが重量級のボクサーと同じリングで戦わないように、ブスのライバルは同じブスなのだから。

多田屋稲毛店 石田(2018.2.15)



2
『ブーメランは、なぜ戻ってくるのか?』
八木一正 大河出版 \2,000(税抜)


過去にDVを受けた女性が、また同じような暴力的な男性と付き合ってしまうというのがある。それは過去の不幸にとらわれすぎて、目の前のリスクを過小評価してしまっているためだ。

「すぐに謝る人ほどまた同じミスをする」というのもそれと似た例で、謝罪したことに満足してしまっていて(それがあたかも、大きな仕事を成しとげたかのように)、先のことは見ていないのだ。

「過去の過ちを反省さえすれば、同じ過ちは繰り返さない」というのは、ただの願望、もしくは根拠のない迷信で、残念ながら現実はそれとはまったく逆の事実を指し示しているのだ。

多田屋稲毛店 石田(2018.1.16)



3
『答え方が人生を変える』
ウィリアム・A・ヴァンス 神田房枝 \1600(税抜)


「普段なにをしているんですか?」という質問ほど、悪質なものはないと思う。

1,まず「なにかをしている」という前提なのがおかしい

2,「いや、特に、、」と言って会話が途切れるとこっちが悪い感じになる

3,そもそも、なにをしていようがお前には関係ない

4,そもそも、「普段なにをしているんですか?」という質問は、「自分は普段こんなことをやっていますよ」と自分の話をしたいだけの前フリでしかない

ちなみに、「普段なにをしているんですか?」の類義語に、「おいくつなんですか?」というのと、「いまはなんの仕事をしているんですか?」というのがある。

多田屋稲毛店 石田(2017.12.14)



4
『ハードル』  
谷川聡 ベースボールマガジン社 \1500(税抜)


自分は人前が苦手です、要領が悪いです、しゃべるのが下手です、と最初から自分で言ってしまうのは、予防線を張り、出来るだけハードルを下げたいという心理からだ。それに人に指摘されるよりは、自分で言ってしまったほうが気が楽というのもある。

しかし、違った見かたをすれば、それは「マイナスからスタートする」ということでもある。足が遅いうえに、スタート地点が後ろからとなれば、それはハードルが下がるどころか、ハードルが高くなってしまっているのだ。

これは別に、言い訳なんてせずに何でもやってみろ!と言っているのではなく、自分で思っているほどあなたは無能ではない「可能性がある」という話なのだ。

多田屋稲毛店 石田(2017.11.15)



5
『東大ナゾトレ 第1巻』 
扶桑社 ¥1000(税抜)


クイズ番組の出演者が、出題された問題の答えがわからずに悩んでいるのを見ると、わからなければネットで調べれば良いのにと思う。「それじゃクイズとして成り立たない」と言われそうだが、視聴者はわからなければネットで調べて答えを出しているのだ。

少し前にヘキサゴンというクイズ番組が人気を博した。それは常識的な問題にタレントがバカな回答をして、それを笑うというものだった。「そんな問題もわからないなんて、世も末だ」と嘆く声もあったが、調べれば誰でもわかることを知っていることよりも、わからないことを面白おかしくして笑いを取ることのほうがずっと知的で、芸があるのではないか。

そもそも、クイズや雑学が昔から根強い人気があるのは、覚えさえしてしまえば誰でも頭が良くなった気にさせてくれるからなのだ。

多田屋稲毛店 石田(2017.10.17)



6
『犯人は私だった!』
長尾和宏 日本医事新報社 ¥1,800(税抜)


ミステリー作品というのは、ある不可解な状況の提示と、それに対する論理的な解で成り立っている。
どんな難事件も、最後に探偵が全てを説明してくれるのだから、なんてフェアな世界なのだろうか。

その一方で、フェアでないと非難され続けているのは、新聞やテレビといったメディアだ。
何故そう言われるようになってしまったのかといえば、読者や視聴者はネットによって「メディアが報道しない情報」を知るようになってしまったからだ。

ネットという「もう一つの視点」は、新聞やテレビをトリックを暴く探偵役から、トリックを暴かれる犯人役に立場を変えてしまったのだ。

多田屋稲毛店 石田(2017.8.16)



7
『どちらであっても』
徳永進 岩波書店 ¥1,700(税抜)

何かを反対するということは、何かを賛成することでもある。しかし○○は反対!という声の強さに比べて、〇○に賛成という声はずっと弱く、世の中にはNOが溢れている。
同じ意味合いなら反対よりも賛成を提示してくれた方が前向きで良いと思うのだか、強い光に虫が集まるように、人間も強い言葉に惹かれるのだろうか。
しかし、いくら強い言葉を振り回しても、それは自分の言葉ではないし、自分の強さでもないのだ。

多田屋稲毛店 石田(2017.6.15)



8
『転ばない歩き方』
田中喜代次 大久保善朗 マガジンハウス ¥1,300(税抜)

「過去と同じ過ちは繰り返さない」と言いながら、同じ過ちを繰り返してしまうのは何故なのだろうか?それは、過去とは後ろにあるもので、前を見ずに後ろ向きに歩いたらそりゃ危ないだろうとしか言いようがない。

同じ場所でコケたくないなら、よそ見せずに前(未来)を見て歩くしかないのだ。

多田屋稲毛店 石田(2017.5.24)



9
『笑う男』
ヘニング・マンケル 柳沢由美子 東京創元社 ¥1,260(税抜)

滑稽なことをしている教祖様を崇める信者の人たちを、あざけ笑う人がいる。「どうして、そんなのに騙されるの?」「誰も教祖様に突っ込んであげないのかよ」と。
しかし、宗教を会社、教祖様を上司と置き換えてみたらどうだろう?おかしな慣習を続ける組織や、理不尽な上司に対して、「それ、おかしくないですか?」と言える人がどれだけいるのだろうか?それどころか、「多少、理不尽だったとしても組織や上司に従うのが社会人だ」などど言っているのではないのか。

普通のサラリーマンと宗教の信者の違いがあるとすれば、「何を盲信しているか」という違いだけで、あなたがあざけ笑っているのは、鏡に映った自分自身の滑稽さでもあるのだ。

多田屋稲毛店 石田(2017.4.15)



10
『狼少年は今日も嘘を重ねる 1』
namo KADOKAWA¥650(税抜)


「ファシズム」や「独裁者」という言葉は死んでしまった。あまりにも誰もが自分本位にその言葉を使うので、言葉としての信用を失ってしまったのだ。
そういった言葉を何の疑問も持たずに使うのは、批判する相手にダメージを与えるどころか、自分たちに批判の矛先が向いてしまい、結果として批判する相手に「消極的な支持」を与えてしまうという、皮肉なことになってしまうのだ。

多田屋稲毛店 石田(2017.3.11)



11
『傘 第2版』
郡司正勝 LIXIL出版 ¥1,800(税抜)

「止まない雨はない」というが、雨が降り続いている時はそれが永遠に続くかのように感じられる。
そんな時に必要なのは、優しい言葉ではなく、ボロでも雨が防げる傘のほうがよほどマシだ。

晴れた日に、何事もなかったかのように道端に捨てられている傘は、けっして惨めなんかじゃない。
少なくとも、誰かの役には立ったのだから。

多田屋稲毛店 石田(2017.1.6)



12
『そして誰もいなくなった』
アガサ・クリスティ 青木久恵 早川書房 ¥760(税抜)

「いつ巨大地震は来るかわからない、原発ゼロ今すぐ」というのは、公園の器具で子供がケガをしたら「危険だからすぐに器具を撤去しろ」というのに似ている。
確かに、原発がなければ原発の事故は起こらないし、公園に器具がなければ器具でケガや命を落とす子供はいなくなる。
ちなみに、統計的に子供の事故が一番多い場所は「家庭」で、子供の虐待が一番多いのは「実の親」なのだそうだ。

次になくすのは、家庭だろうか?
それとも、両親?

多田屋稲毛店 石田(2016.11.26)



13
『はなしのタネ』
松浦健一 ツーワンライフ ¥1,000(税抜き)


中学生くらいの時に、「究極の選択」というのが流行った。
究極といってもくだらないことばかりで、下校途中の他愛無いおしゃべりのタネでしかなかった。

「殴るくらいなら、殴られた方がよい」

個人であれば自己責任に帰結させることが出来るので、自分の好きにすれば良いと思うのだが、それと同じようなノリで、「戦争するくらいなら、侵略された方がよい」と言う人がいるが、一体あれは何なのだろうか。
自分の国が加害者にも被害者にもなってほしくはないが、国が「生きるか、死ぬか」という究極の選択を、善悪の観念に捉われて、最善の選択が出来なかったとしたら、それは話のタネにすらならない、悲劇だ。

多田屋稲毛店 石田(2016.10.1)



14
『逃亡急行』
篠原千絵 小学館 ¥400(税抜)

ミスコンなどで、見た目だけで判断するのは軽薄で女性差別的だが、人間性を含めたトータルでの美しさを競うのは「何となく許される」的な空気は、一体何なのだろうか。
そうせざるを得ない状況にあるというのは、元々「美人コンテスト」という名称だったのが、「ミスコン」になったりと、昔からうるさい人たちがいたのだろう。
確かに見た目に順位を付けるというのは、軽薄で趣味が良いとは言えないが、それでもミスコンより美人コンテストの方がまだマシだと思うのだ。

何故なら、「見た目だけ」だからこそ、「中身」という逃げ道があるのだから。

多田屋稲毛店 石田(2016.8.31)



15
『日本は本当に戦争をする国になるのか?』
池上彰 SBクリエイティブ ¥800(税抜)


「戦争ができる国になる」という言葉に、違和感を覚える。
「できる」と「する」の間には大きな隔たりがあるし、可能性があるというだけでまるで「戦犯」のように批判するのは、過敏に反応し過ぎなのではないか。
何でもかんでも「戦争反対」というのは、「あれはダメ」「それもやってはいけない」と、子供に自由を与えない支配的な母親のようだ。そういう人たちが、「独裁政権は許さない!」と騒いでいるのだから、説得力がない。

美しい花には、トゲがあるという。そして、毒は使いようによっては薬にもなる。
どんなに装っても、結局は、人間の問題なのだ。

多田屋稲毛店 石田(2016.8.5)



16
『ドラえもん1』
藤子・F・不二雄 小学館 ¥1,800(税抜)

ドラえもんの世界では、のび太はずっとのび太だが、現実の世界では、強者は弱者にもなるし、弱者は強者にもなることもある。
かって日本は、軍事力で世界を変えようとしたジャイアンだった。しかし、今現在では中国が軍事力と経済力で世界を変えようとしているジャイアンとなった。日本の平和や安全を考える上で、中国の存在は避けて通れないものとなっている。
しかし、日本の平和主義は、「日本はジャイアンで、中国はのび太だった」という前提で成り立っているため、中国をジャイアンだとは認められずに、目の前の脅威を過小評価してしまう傾向にあるのだ。

「中国は友人で、決して危険な存在ではない」という言葉に危うさを感じるのは、今、そこにある中国ではなく、自分たちにとってそうであって欲しい中国を語っているからである。

多田屋稲毛店 石田(2016.6.21)



17
『オール沖縄vsヤマト』
山田文比古 青灯社 ¥1.400(税抜)

「みんなが反対している」というのを、あたかも客観的なデータのように言う人がいる。しかし、「みんな」という言葉を使っているが、「個人」の感情的な意見でしかないのだ。

そもそも、「みんな」って何人なのだろうか?自分の周りの数人?デモや集会に参加している人たち?でも、限られた場所や、限定された状況で「みんな」という言葉を使うのは、そこにいる人以外のみんなは疑問に思っているんじゃないだろうか?
というのは、僕の個人的な意見でしかない。

多田屋稲毛店 石田(2016.5.28)



18
『テラフォーマーズ 1』
橘賢一 貫家悠 集英社 ¥514(税抜)

世の中には、自分から喜んでクソを踏みに行く人たちがいる。

人気漫画「テラフォーマーズ」の実写版映画は、あの実写版「進撃の巨人」を超える酷さとの情報に、公開前から悪い意味で大きな話題となっていた。映画が一般に公開されると、ツイッターやブログなどでレビューは大荒れとなった。

しかしそれは、つまらないものを見せられた怒りというよりも、どこか自慢げな人が少なからず見受けられた。それはまるで、「見える地雷をあえて踏みにいった俺って、ちょっと面白いでしょ?」とでも言いたげなのだ。

そういえば子供の頃、ウ○コを踏んでハイテンションでみんなに報告して回る、特にカッコイイわけでもなく、特に勉強が出来るわけでもない、クラスの中で微妙な立ち位置に属するパッとしない男子がいた。もしかしたら彼らは、子供の頃にウ○コを踏んで注目を浴びたことが忘れられずに、大人になってしまったのかもしれない。

多田屋稲毛店 石田(2016.5.8)



19
『口は災いの門』 
佐藤雅美 角川書店 \600(税抜)

男が無口な男に憧れるのは、喋りがつまらない男と思われるよりは、無口でつまらない男の方がまだマシだと思っているからだ。しかし、まったく喋らずに社会生活をおくることは事実上不可能なので、まな板の上の鯉よろしく、無口というのはただ喋り慣れてない残念な人という無残な姿をを人前で晒すことになる。

口は災いの元というが、喋らなくても災いは向こうからやってくる。それも、凄い勢いで。

多田屋稲毛店 石田(2016.4.16)



20
『新訳 から騒ぎ』
ウィリアム・シェイクスピア 河合祥一郎
KADOKAWA \440(税抜)

「保育園に落ちた、日本死ね!!!」という働く母親の悲痛な叫びは大きな共感を呼び、国会前には全国から集まった働く母親たちと、何故か子供のいない独身女性たちまでもが「保育園に落ちたの、私だ」のプラカードを掲げ失笑を買った。しかし、多くのメディアに取り上げられ、大きな注目を集めるデモとなった。

「うちの嫁がブサイクだ、日本死ね!!!」という働く既婚男性の悲痛な叫びは大きな共感を呼び、「そこに横たわっている、乳が垂れ落ちた妻の夫は、私だ」のプラカードを旗本にデモを行う予定だったが、有休が取れずに計画は頓挫してしまった。後にこれは、リーマンショックと呼ばれるようになった。

多田屋稲毛店 石田(2016.3.24)



21
『重力とは何か』
大栗博司 幻冬舎 ¥880(税抜)

時間に質量はないが、重さはある。

伝統が重んじられるのも、樹齢ウン百年の樹を前にして何となく神秘的な気持ちになるのも、月日の重さがそう感じさせるのだ。男女の付き合いも長くなると重みを増す。その重さは、恐れと言ってもいいだろう。理解出来ないものは、怖い。だから、理解しようとする。無言の沈黙の重さに耐えられなくなった時、言葉が生まれたのだ。

多田屋稲毛店 石田(2016.3.10)



22
『マキアヴェッリ語録』
ニッコロ・マキアヴェッリ 塩野七生 新潮社 \1,900(税抜)

事実を教えるという事と、善悪を教えるという事は、まったく相反するものだ。アメリカの学校で進化論を教える事に大きな反発があるのは、宗教の教えに反しているからだ。「神によって泥人形から人間が作られた」などというのは事実ではないが、間違っているわけでもない。それは、宗教的にはそれが正しい善悪の観念だからだ。

かって日本で公害が大きな問題になった時に、ディーゼルエンジンは悪の象徴だった。だが現在では、技術革新によりガソリンエンジンとそう変わらない物になっているはずなのに、日本ではいまだに「悪者」としてのイメージが定着したままだ。それは、善悪を強調された報道や抗議活動の影響だろう。

どうやら、善悪の観念は「事実」よりも「自分が信じる正義」を盲信させてしまう作用があるようだ。

マキアヴェッリは「君主論」の中で、政治と善悪の観念を明確に分けた。
モラルに反するという悪事より、手段のために目的を果たせない事が一番の害悪だとしたのだ。

多田屋稲毛店 石田(2015.10.17)



23
『裸の王様』 
青樹総 海王社 ¥600(税抜)

頭が良いとされているような立場の人が、安易な陰謀論を口にしているのを見ると、一体この人はどこでどう道を踏み誤ってしまったのだろうかと思う。陰謀論とは、客観性を欠いた「空想論」といってもよいだろう。頭の良い人ほど自分の考えに自信を持ち、それを盲信してしまっているのだろうか。時代が変われば、物事も変わり、自分の考えが現実から乖離してしまっていることも気付かないほどに。

しかし、そういう人でも本を出版したり、記事を書いたり、ニュース番組のコメンテイタ―として出演していたりと、一定の需要はあるのだ。今の社会に強い不満を持つ「どこにでもいる市民」たちに取っては、「頭の良い人が語る陰謀論」は、自分たちの思いを代弁してくれている弱者のヒーローのように見えているのだろうか。

多田屋稲毛店 石田(2015.10.9)



24
『ローマ人の物語4』

塩野七生 新潮社 ¥3,100(税抜)

最近、「歴史修正主義」という言葉をよく聞く。正しい歴史を直視せずに、自国にとって都合の良いように歴史を解釈するのを、「歴史修正主義」というらしい。しかし、正しさ、善悪の観念というのは時と場合によって変わるものだ。

「歴史修正主義」と非難する側と、非難される側は、実は同じことを主張しているのだ。「自分たちが信じているものが正しくて、相手は間違っている」と。だが、争いとは善と悪の戦いではない。

ローマ帝国の皇帝、ユリウス・カエサルはこう言った。「どれほど悪い結果に終わったことでも、それが始められたそもそもの動機は善意によるものであった」

多田屋稲毛店 石田(2015.9.9)



25
『世界で一番美しいお花畑への旅』
エクスナレッジ ¥2,200(税抜)

「話せばわかる」という人は、「話してもわからないこともある」という話を聞かない人がそういうことを言うので、「話せばわかる、という人が一番話してもわからなそう」という、本人にとってはもっとも心外な印象を周囲に持たれているが、人の話は聞かないので、本人がそれに気付くことはない。

多田屋稲毛店 石田(2015.7.30)



26
『平凡パンチの時代』
塩澤幸登 河出書房新社 ¥2,800(税抜)

政治家が信じられないくらいにバカに見える時がある。といっても、それはバカに「見える」のであって、実際にバカなのかどうかは別の問題だ。
失言にしても何にしても、情報はメディアを通して伝わってくる。もしかしたら、メディアが「バカに見せよう」としているのかも知れないし、意図的でないにしても、多くの人を経由すれば情報は劣化するものだ。
それは、伝言ゲームで「月刊平凡パンチ」が、「結構、平凡なパンツ」になってしまうように。

多田屋稲毛店 石田(2015.7.13)



27
『人は見た目が9割「超」実践編』
新潮社 竹内一郎 ¥460(税抜)

人間は、「見た目が9割」というのは間違いだ。
想像してみよう。もし、地上に降り立った宇宙人が、
尋常じゃないくらいにアゴがしゃくれていたとしたら。
あっ!宇宙人だ!と思うより、あ!凄いしゃくれだ!と思うだろう。

つまり、人間「は」ではなく、人間「も」なのである。

多田屋稲毛店 石田(2015.3.23)



28
『大人が学ぶ小学校の漢字』
二玄社 宮沢正明 \1,500(税抜)

日本の大人は、子供には自主性や個性が大事だと教えるが、大人に対しては、そんなもの踏みつぶされてこそ一人前の社会人だと思っている。

どうやら、本当に教育が必要なのは、子供ではなく大人のようだ。

多田屋稲毛店 石田(2015.3.16)



29
『1%の幸運を手にいれる強運のつかみ方』
大和書房 橋本京明 ¥1,300(税抜)

世の中には、「自分は運が悪い」と思ってる人が少なからず存在している。だからこそ、占いだとか、運が良くなりますよ系の本だとか、そういった商売が成り立つのだろう。

でも、そもそも「運」って何なんだろう。

例えば、サイフを落とした時に「運が悪い」と思うのは、自分の落ち度は認めずに、
悪い結果になった原因を「運」に求めているのだ。

そういう人は、また同じ過ちを繰り返しやすく、よりいっそう「自分は運が悪い」
と思い込むようになっていくのだ。

多田屋稲毛店 石田(2014.12.30)



30
『伝え方が9割』
ダイヤモンド社 佐々木圭一 ¥1,400(税抜)

本のタイトルや商品の宣伝文句などでよく見られるこの「9割」という数字は、一体何なのだろうと思う。

宣伝というものが大げさでいい加減なのは周知の事実だが、それでも宣伝というのは「もしかして、、、」と思わせるのがその役目なのだ。

100%!という数字は、インパクトはあっても「ちょっと大げさだよね」と多くの人は警戒してしまうし、控えめに50%では、誠実な印象は与えても、商品としてどうなの?と疑問を持たれてしまう上に、宣伝としてのインパクトに欠ける数字だ。

その中で9割という数字は、大げさ過ぎない印象と、宣伝としてのインパクトを失わないギリギリのラインを兼ね備えた数字なのだ。

これは、宣伝における「万能数字」と言っても良いだろう。

例の女性研究者も、「STAP細胞は、大体9割くらいの確立で存在していまぁす」
とでも言っておけば、ここまでの大きな問題にはならなかったのではないか。

多田屋稲毛店 石田(2014.5.1)